Quanさんの書評
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「殺龍事件」(講談社ノベルス)上遠野浩平

 さ〜て今月の目玉二つのうちのひとつ、講談社ノベルスの隠し球、上遠野浩平の描く新境地だ。
 結論から言えば、ファンタジーとミステリがきちんと融合したそこそこの良作といえるだろう。ただ、単純にミステリとしてみた場合やや弱い気がする。提出された「フーダニット・ホワイダニット・ハウダニット」のうち、最初のひとつはあきらかに情報公開のしかたが段階的に遅い。なにしろ、容疑者が出そろうのが全体の8割をすぎてからなのだから。
 しかし、この作品が凄いのは、ファンタジーとしてもミステリとしてもきちんと成立しているところだ。例えば、富士見ファンタジアからでているSWのシリーズのひとつデュダシリーズ(『ドワーフ村殺人事件』など)は、「ファンタジー世界をつかったホームズのパロディ」でしかなく、また、異色作として名高い小森健太郎『ローウェル城の密室』(ハルキ文庫)は、ファンタジーと言うよりは少女漫画の世界をつかったミステリ(?)だ。その点本作はミステリとしてもファンタジーとしてもきちんと成立している。あえて言うならファンタジーの要素が強い様な気がするが、それでもこれを「ミステリとして成立しない」と言うことは出来ないだろう。
 何故そういうことが可能になったかと言えば、著者本人には「ミステリを書こう」という確固たる意志がなかったからではないか。本人は「旅が描きたくて、それの理由付けとして龍殺しの犯人探しを持ってきた」のだそうだ。(雑誌「ダ・ヴィンチ」のインタビュー)あまり小さな事にこだわらない、独特の作風が両者を融合させることに成功したのだろう。
 キャラクターはジュブナイル作家らしくよく作られている感じを受け、ファンタジーとしてはまあ合格。ミステリの要素が混じったため、戦闘シーンの割合が少ないが、それは好みの問題だからして。さらには次回作『紫骸城事件』も冬にでるそうで、シリーズとしても楽しめそうだ。(絵師さんも美麗。表紙をあれにするのはちといただけないが)
 さすがに私の中で『タイムリープ』を越す評価にはならなかった。期待はずれではなかったが、期待通りでもなかったと言うことで。次回作を楽しみに待つとする。
評価☆☆☆☆

麻弥さんの書評
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●「殺竜事件」上遠野浩平[講談社ノベルス]880円(00/6/7)

「ブギーポップ」シリーズでお馴染みの上遠野浩平が、いよいよ一般小説分野に登場。(といっても講談社ノベルスは限りなくライトノベルズに近いですが)
ファンタジー世界でのミステリ。圧倒的な存在であるはずの「竜」が何者かによって刺殺された。その謎に仮面をつけた戦地調停士のエドワースは挑むため、竜に面会した6人の人々に会うために旅立つが…
買ってきてから一気読み。読みやすいなあ。「ブギーポップ」よりもよっぽど分かりやすい話だし。楽しく読めました。
これがまだ無名の方の作品であれば、手放しで誉めたと思います。そして、要チェック作者リストに連なったでしょう。でも、上遠野浩平の、ブギーポップ以外での初めてのシリーズで、しかも初めての一般向けラインナップということで、そりゃもう多いに期待してたわけです。そういう意味では物足りないところも。
まず、ファンタジーとしてはかなり薄い。道具仕立ての独自性が足りない。でもま、講談社ノベルズはファンタジーのラインナップではないので、これ位の方が普通の人でもついていけるだろうからいいのかもしれないけど。
あと、ミステリとしてはサプライズが少ないかな。初期設定が魅力的だったわりに、完結編がその期待を凌駕するものではありませんでした。悪くはないけど。準備にかなり手間暇をかけた殺害トリックはわりと好みですが。でも「ブギーポップは笑わない」の方がよっぽどティスト的にはミステリかも。
キャラクターの見せ方はさすがお手のものですね。私の好みのラインナップから外れたまっとうなキャラでありますが、ヒースがお気に入り。
講談社ノベルズとしては、十分及第点をクリアしています。ただ、突破するには力が足りない。読んで損はないと思うけど、この作者のなら「ブギーポップは笑わない」の方がおもしろいので、上遠野浩平が未読の方はそちらを読むべきかも。
このシリーズ、次回作は「紫骸城事件」で、廃墟となった城で魔術師達が次々と亡くなっていくという「館モノ」だそうです。主人公は今回の話にちょっとだけ名前が出てきた、双子の戦地調停士。キャラ的に結構おもしろそうな二人なので、楽しみですね。
イラストは「女神転生」シリーズでお馴染みの金子一馬さんですが、これが素晴らしい!! 独自の濃い世界を展開してくれてます。ただ本のデザインはちょっとうるさすぎるかなあ…イラストの素がいいんだから、もっと生で見せるような形にしてほしかったです。


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