麻弥さんの書評
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●「月長石の魔犬」秋月涼介[講談社NOVELS]760円(01/06/21)

第20回メフィスト賞受賞作。あらすじを読んで、気になったので購入。
その町では、残虐な殺人事件が頻繁に起こっていた。連続人肉嗜食殺人事件に連続少女絞殺事件。しかしこれらの事件の最後だけはいつもと違っていた。左手を切り取られた、それまでとは趣の違う異質な被害者。しかもそのあと、連続殺人事件はぱったりと止むのだ。最後に殺されたのは、実は連続殺人鬼だったと主張するものもいた。シリアルキラーばかりを殺していく「見えざる左手切断魔」がいるのだろうか? ……石細工屋の青紫と彼を慕う女子大生の静流が、ひょんなことから関わりをもった女性が新たな殺人事件の被害者となった。その彼女は首を切られ、かわりに犬の首が縫い付けられた姿で発見されたが…
…メフィスト賞だからなあ。あの賞はたまに当たりもあるけれども、ハズレの割合も高いからなあ。まあこんなものでしょう。
やりたかったことはなんとなくわかるし、ところどころのイメージ作りも光るものはあるんだけれども、ヘタだ… 作者の力量と小説の方向性があってないせいで、余計スカスカに見えちゃうんですよね。そのスカスカの空間もこちらの想像なり妄想なりを注ぐ器になるならまだいいんだけども、底にも穴があいてるからなあ。シリアルキラーの描き方も、作者に狂気が感じられないのがマイナスポイント。
ミステリとして特筆するべきものはなし。あの動機にしても、唐突すぎて。もうすこし話全体が「時代の空気」をとり込むことに成功していたら、その動機も効果的に発動したんだろうけども。
キャラの作り方がライトノベルの文法で行われるのは個人的には許容範囲なんですが、あの女警視のバカぶりだけは勘弁してください。
クライマックスの「裁き」の場面は悪くないとは思うんですが、オススメするにはもうひとつパンチが足りない作品なのは確か。
ちなみに「境界線ミステリ」を書かせたらピカイチなのが「EDGE」(とみなが貴和)シリーズ。日常と地続きの狂気の描写が見事。こちらは文句なしにオススメです。
あと微妙にネタバレ→で、結局意味ありげに描かれた石細工屋さんはただのミスディレクションだったというわけ? でも左右で目の色が違うのに物語上の意味がないせいで、「ありがちライトノベル」雰囲気が漂っちゃうんですよ。まあ他にも色々と原因はあるけれども。


セツナさんの書評
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『月長石の魔犬』
−MOONSTONE KERBEROS−

講談社ノベルス 秋月涼介
ストーリー
 右眼に藍玉のような淡い水色、左眼に紫水晶のような濃い紫色の瞳を持つ石細工屋店主・風桜青紫と、彼を慕う女子大生・鴇冬静流。先生に殺されたいと願う17歳の霧嶋悠璃。境界線を彷徨う人々と、頭部を切断され犬の首を縫い付けられた屍体。
第二十回メフィスト賞受賞。
読んだ理由
第二十回メフィスト賞受賞作品だから。
評価
熱中度  コミカルで惹き込まれます。
キャラ バランス良いキャラ群。
残留度 正常と異常の境界線か難しい。
衝撃 先生はあの人でしたか。
総合評価 シリーズ化に期待
感想
 容姿端麗なキャラの椀飯振舞や、ジュニアノベル張りの設定に辟易させられると思いましたが、どうしてまた新人とは思えない見事な力量で、さりげなく、見せ付けるところなく、自然に話の中で各キャラの個性を出していく展開には喝采を贈りたい。こんな作品、大好きだなぁ。

 肝心の話はといえば、犬の頭部と付け替えられた二体の死体。というなんともトリッキーな、見立てとも思える惨殺死体が軸になっている。それに加えて、連続殺人鬼を狙う”見えざる左腕裁断魔”。”見えざる左腕裁断魔”に殺されたいと願う霧嶋悠璃。東大出身のキャリアだが、小説に出てくる名探偵に憧れ、現場に赴き足を引っ張る鴻薙冴葉。家族を”悪夢の爆弾魔”に殺された怒りを内に秘める嘉神沙遊良。石細工屋の店主で掴み所のない風桜青紫。青紫に恋心を寄せる鴇冬静流と、各章で人物の視点を変え同じ場面を見せるあたりは、目まぐるしくも、深くキャラを掘り下げていて、各キャラの個性が自然と出てくる。そして、何よりキャラの会話がコミカルで笑わせる。
 陰鬱な物語と、人の正常と異常との境界線を描いたりしているので、暗くなりがちな話なんですが、そのコミカルな会話が、一種の安堵感を与えてくれて、物語の緩急にもなって、キャラの魅力も引き立てて心掴まれる。
 軸となる”月狂の魔犬”の正体、消え去った被害者の頭部の在り処は、以外と簡単で、その描写がされた時点で判ってしまうのですが、それが”月狂の魔犬”が後に起す、強引とも思える不自然な行動を、手の内で遊ばせる様に読ませて、正体を隠そうと右往左往する様は、自分がコロンボになったかのような、名探偵気分を存分に味合わせてくれます。
 人を食った青紫にからかわれ、頭に血が上っている静流冴葉、それを横で笑って見ている沙遊良と、最後のお茶会のシーンは非常に愉快で大好きです。是非シリーズ化して、このシーンを何度も味合わせて欲しいものです。
 正常と異常の境界線も、シリーズが進むに連れて深くなって行くことでしょう。楽しみなシリーズがまた一つ増えました。
  6月16日読了
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